鱗坂/岡部淳太郎
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嵐の夜の、その翌朝、ひるがえるはずのない翼の夢に目醒めて、少年は歩き出した。岬の奥の家から、岬の先端の、海を臨む小高い丘陵へと。四年に一度の大きな時化の夜。その騒乱を波の背中に残して、空はひるがえるはずのない、青空だった。少年が歩く、松並木が突端までつづく坂には、大量の魚が打ち上げられ、路上は無数の鱗で光っていた。漁師たちの労苦をせせら笑う、死魚の空洞の眼差し。まぶたのないその円すぎる眼の向こうで、空は泣きも笑いもせずに、ただ一種の諦念のように鈍く広がっていた。
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四年に一度の、伝説の夜。怒りくるう波濤に、葉の船は揺れて没したが、坂道の傍らに並び立つ松の木の、固い実は落ちる
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