真空管/佐々宝砂
ぜいぜい息切らして走る土手に
意志ころ犬ころ石っころ
どけよ邪魔なんだからどいてくれよ
川底にきらりと光った真空管
俺がほしかったのはあれなのだ
長らく探し続けていたのは
あれにまちがいないのだ
俺の古ぼけたアンプを
もういちどガンガン鳴らすために
昔懐かしい反逆の音を
もういちど響かせるために
おまえがどうしても必要なのだ
雹ふりしきる野天で
俺は全身ぬれねずみになって
(おまけにあちこち青あざつくって)
味噌汁みたいな茶色い川に入ってゆく
まだ切れてなければいいのだが
祈りながら
震える指先で
真空管を拾い上げる
と
気がつけばそこは川ではなく
雹も雨もふりこまない
空調効いた快適な店舗で
俺が握りしめた真空管には
タグがついていた
とほうもない金額が
そこには記されていた
俺は絶望して嘆息する
すると
油染みた作業服の男が
にっこり笑って
俺の手から
真空管をとりあげた
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