吉岡実(奇怪な絵画)/岡部淳太郎
 
反応のないことは
手がよごれないということは恐しいことなのだ
だがその男は少しずつ力を入れて膜のような空間をひき裂いてゆく
吐きだされるもののない暗い深度
ときどき現われてはうすれてゆく星
仕事が終るとその男はかべから帽子をはずし
戸口から出る
今まで帽子でかくされた部分
恐怖からまもられた釘の個所
そこから充分な時の重さと円みをもった血がおもむろにながれだす

(「過去」全行)}

 詩集『静物』の最後を飾る一篇である。汚い言葉を恐れないという点でも、初期の詩人の特徴が十二分に表われた傑作であると思う。人によってはここに何らかの思想を読み取ることが出来るかもしれない。だが、僕は奇怪な絵画で充分だと思っている。まずは絵としてこの詩を味わう。隠されているかもしれない思想はあとから、それこそこの詩の最終行のように、ゆっくりと流れ出してくるだろう。



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