笑顔で手を振って あなたが帰るまで/櫟 伽耶
 
「わすれないでね」
そう言ったあなたの言葉を私は忘れない

「わすれないよ」
その言葉がたとえ嘘になっても

思い出はいつでもやさしい色の中に
水面に映る影だけを私は見ている
要らない記憶は沈めてしまえ
どんな思い出も私には要らない

消えない漆黒の炎はこの身の内に
やがて全てを呑み込み尽くすだろう

あなたは私の何を知っているというの

優しい記憶
「好き」と呟いたあなたの
触れた指の暖かさが

変わらない笑い声
変わらない景色
変わらない私
一体何が変わったというのだろう

きっと二度ともう会うこともない

暖かい記憶がやがてナイフとなるなら
切り裂かれる前に深い海の底へ

ねえ だけど

棄てられないこの心はどうして

「サヨナラ」
あなたはいつか私を忘れるでしょう

「またいつか」
そんな日が訪れることはない

だけど それでも

「忘れないよ」

たとえ 炎に身の内を焼かれ尽くしても
たとえ 刃に身の内を切り刻まれても

やがて私が死んでも

「……さよなら」
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