『越境の衝動』 第十一章/声より先に届く風/板谷みきょう
 
吉が歩くたび、音がついてこなくなった。

枯葉を踏んだ音はずっと後ろで鳴る。

声を出そうと口を開くと、息だけが先に流れ出た。

言葉になる前の熱だけが周囲を撫でていった。

風が生まれていた。

胸の奥で溜まり続けていたものが、外へ漏れている。

名を呼ぼうとしたが、風がそれを遮った。

ひゅうと鳴り、草を伏せる。

それは意味を運ばず、ただ通過する。

吉は理解した。

もう言葉は間に合わない。

叫べば風になり、声は世界に届く前に溶ける。

それでも歩いた。

吉の熱だけが、誰かの背を通り過ぎた。
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