『越境の衝動』 第九章/熱が他者に残る/板谷みきょう
 
吉が駆け抜けたあと、道の土はまだ温かかった。

踏みしめた草がしおれ、空気がわずかに痛い。

自分の身体が熱を帯びているのだと
初めて知ったが、その熱は内側に留まらなかった。

犬が吠え、水桶が波立ち、子どもが泣いた。

理由はない、ただ吉が通っただけだ。

「なんだ、今の」という誰かの声が背後で落ちた。

吉は振り返らなかった。

振り返ればその声も焼いてしまいそうだったからだ。

走るたび、熱は剥がれ、置き去りにされていく。

それは呪いではなく、ただの余熱だった。

俺はもう触れてはいけない。

それでも脚は止まらない。

止まれば、
この熱が誰のものだったのかを
思い出してしまう。
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