凄いぞTOP10 番外編「ネット妄想批評の迷妄を糺す」/室町 礼
 
とは言っていないのです。
むしろ逆で、テキストの細部に徹底的に忠実であれ というの
がポストモダンの本質です。
たとえばバルトは「作者の死」を唱えたけれど、それは「好き
勝手に読め」という意味ではなく、テキストの内部で起きてい
る言語の運動を、作者の意図に縛られずに読む自由を与えたと
ということです。
つまり、読みは自由しかしテキストから離れてはならないとい
う二重構造をもっています。澤氏の読みは、テキストの言葉
を無視し、自分の巨大な物語(家父長制・離婚届・戦前の女性
像)を持ち込みそれを「集約」と名付けて正当化し断定的に語
るという構造をもっている。
これはポストモダ
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