河童伝・第五話「子供と河童」/板谷みきょう
 


責める声も、怒鳴り声もない。

ただ、怖がっている顔。

あの子は言いました。

「返してるだけだよ。」

何を、と問われ、あの子は答えます。

「名前をもらう前のものを。」

その言葉は、誰にも理解されませんでした。

けれど、その夜。

沼の底に、薄く、水が戻りました。

溜まるほどではない。

映るほどでもない。

ただ、

“ここに居てもいい”と示すくらいの水。

婆さまは、それを見て、静かに言いました。

「この子は、河童を呼ばねぇ。」

「河童に、ならせねぇ。」

それは、守りでも、犠牲でもない。

ただ、共に在るという選び方でした。

しかし……

沼の縁に、
新しい足跡が、並び始めていたのでございます。

今度は、

人のものでも、河童のものでもない。

干上がった沼を見つめる目が、
この村に、まだ向けられていることを、
あの子だけが、知っておりました。

終わりは、
まだ、
水の底で息を潜めているのでございます。

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