「詩が逃げていったあとに残るもの――詩誌の役割について」(atsuchan69)へのギモン/室町 礼
 

でもあるまいに、詩作品というものを一定量を毎日スピーディに
供給するような質のものだとでも思っているのでしょうか? 詩
とは自己の内的な心情、思想を美的(これにはレトリックの構造
の面白さやゲーム性も含まれます)に、かつ本質的(自己表出的)
に自己を表現する心的活動です。
関を設けずにクソミソまとめて毎日垂れ流すことが詩価値がある
ことにつながらないのです。

1.この執筆者は、ネット上での投稿の多さを「言語環境の変化」
や「速度」という言葉で正当化していますが、これは表現の「質」
を「量と速度」にすり替えた論理の飛躍です。

2.垂れ流しを「運動」と呼ぶ強弁
批評
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