正風亭第二幕/武下愛
 
白く正風とくずれて書かれた暖簾は変わりません。店先の入口上に掛けます。その時は、御客様をしっかりとおもてなしさせて戴ける様に、おまじないをします。黒い草覆、鼻緒は紅。片方の爪先を地面にカツカツとぶつけます。振り向かなくても夕暮れが引き戸の硝子を橙に染めています。くれゆくときは一瞬です。もう少し経てば、帳が落ちて夜が鶴の様に羽ばたくでしょう。芯から冷えるほど空気が冷たくなりましたね。本格的な冬が足早に近づき、足音も聞こえてきます。

「女将、空いてるかい?」

聞き慣れた低い男性の声に、振り向きましたら何時もの御客様の一人がいらっしゃったようです。毎日のように通って戴ける事が嬉しく思います。
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