沼の守り火(河童三郎の物語)/板谷みきょう
彼は、あの夜の座敷で、村長へ血判状を置いた。
「おらが命にかけて、龍神さまに頼んでくる。ぬらくら川を、もう氾濫させねぇようにな。だから……来年まで、ダム造りはどうか待ってくれんか」
三郎は言い残し、誰も知らぬ深い谷へ、音もなく、寂しく消えていったのでございます。
泥と露にまみれ、孤独と、そして恐怖を抱え、故郷の沼を何度も振り返りつつ、彼は自己犠牲の旅へと向かったとさ。彼は知っている。人間は、命の重さを比べたがる生き物だということを。そして、ちっぽけな河童の命など、数に入らないということを。
3. ダム計画の現実
三郎が山奥へ消えた直後、村には人間側の現実が
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