業ヶ淵の鬼の話/板谷みきょう
影が顔を上げた。
泥に汚れ、目は濁っていたが、その奥に、かすかな灯(ひ)――あの懐かしい色が咲いた。
胸の奥で、何かがドクンと鳴った。
次の瞬間、与一の腕が勝手に動いた。
太刀は弧を描き、霧を裂き、赤い血が細かく散った。
首がころりと転がった。
そこにあったのは――
八年前と変わらぬ、おっかあの顔だった。
与一は崩れ落ちた。
おっかあの懐(ふところ)から、二つのものがこぼれた。
一つは錆びた小刀。与一が都へ行く前、獣除けに渡した守り刀だった。
もう一つは、泥にまみれた一握りの岩茸。
おっかあは鬼になどなっていなかった。
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