話の途中で、タバコがなくなった。/田中宏輔2
 
白いものではないかもしれない。
最近は、俳句ばかり読んでいる。
富田木歩という俳人の顔写真がいい。
いま、ぼくが付き合っている恋人にそっくりだ。
本から切り取り、アクリル樹脂製の額の中に入れて、
机の上に飾って眺めている。
ぜんぜん似ていないと、恋人は言っていたけど。
恋人の親戚に、名の知れた俳人がいる。
と、唐突に、
音、先走らせて、急行電車が、駆け抜けて行く。
普通なら止まる、一(いち)夏(げ)のプラットホーム。
等しく過ぎて行く、顔と窓。
蚊柱の男、ベンチに坐って、マンガに読み耽る。
白線の上にこびりついた、一塊のガム。
群がりたかる蟻は小さい。
ヒキガエルが白線を踏むと、
蚊柱が立ち上がる。
着ていた服を振り落として。
ふわりと、背広が、ベンチに腰かける。
胸ポケットの中で、携帯電話が鳴り出した。
誰も、電車が来ることを疑わない。




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