全てのひとは倖せになるべきだ/百(ももと読みます)
、かれらの意図するお金の執着心への理解が不十分だ。ただし、生きていることに関するとお金は切符としての役割を担うほどの原動力となるのだから、結果的に友人の発言より学びを得たのだった。
精神性の悪意を逆撫ですることもお金にはできる。また、安易で効率的なやりかたを会得するための度重なる努力についての未知数がぼくのなかには存在している。
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友人からぼくへの死を連想させる発言の影響をすでにぼくは乗り越えていて、聖書において、言葉は神であるのだから、友人のこころとしての「信仰」について、そうっと祈ることが大切なのだ。
全てのひとは倖せになるべきだ。かみさまがぼくに教えてくれる。友人への祈りが尽きない。また、友人の言葉が信仰で満たされるといい。友人としばらくお会いすることはない。
ぼくも働く。きみを祈る。
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ふと気づく。
文脈を読む。ぼくを応援してくれるための言葉だったのだろう。手荒である、それでも、こころは良心的だ。
窓を開けた。風が香る。どうしても、いまは優しい言葉のほうがすきだ。
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