全行引用による自伝詩。 09/田中宏輔2
閲覧室(…)に閉じこもって物理の勉強をしたことがある。六時にそこを出たのだが、あまり一生懸命勉強したせいか、一種の化学反応のようなものが起こって、周りのものがいつもとは違った輝きを帯びて見えたのを憶えている。信心深い人ならあれを神秘的な経験というのだろう。あの時は、要塞の斜堤やその近くの歴史をしのばせる街路、コロニアル風の広場が黄昏時の光とはまたちがった一種異様な光を受けてこまかく震えていた。あの光は外から来るものではなく、ぼくの眼から出た光であり、その光によって由緒あるあのあたりの光景が一変して見えたのだ。
(カブレラ=インファンテ『亡き王子のためのハバーナ』すべてが愛を打ち破る、木村榮一訳)
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