全行引用による自伝詩。 05/田中宏輔2
 
来事が傷のようにぼくをさいなんだ。その傷が今もなお疼くのは、傷自体の痛みのせいのみならず、そのまわりの組織が健全であるが故なのだ。
(L・P・ハートリー『顔』古谷美登里訳)

 もちろん、長期療養の後では、勤務はつらい。しかし、レター氏のあの口笛、突然陽気な気分になっては、また突然に無気力な様子になるあの変わりよう、あの砂色の髪にきたない歯が、わたしの怒りをめざめさせる。とりわけ、会社を出てから時間がたっても、あのメロディが頭の中でぐるぐるまわるときが、まるでレター氏を家に連れて帰るようなもの。
(ミュリエル・スパーク『棄ててきた女』若島 正訳)

 きのうの乞食はきょうの名士。ラビの
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