コスモス/夏井椋也
風はほどよく
乾いていたと思う
光はここちよく
和らいでいたと思う
丘の上の
大きな声で呼ばなければ
気がつかないあたりで
君が花を摘んでいた
君の名前を
呼ばなかったのは
柔らかく揺れる君の後ろ姿を
眺めていたかったからだと思う
あの日君と僕の間には
高くておっとりした空と
おとなしそうなひつじ雲と
ささやきあうコスモスがあった
とても大きな秋だったと思う
しばらくして
僕はとてつもなく大きな町に移り住んで
小さな秋をいくつもやり過ごした
何処にでもいる大人になって
暮らすために這いずり回って
とてつもなく遠くに来てしまったけれど
秋がくると
ときどき想い出すこともある
大きな秋の下で
たくさんのコスモスが
君の後ろ姿を覆い隠して
柔らかく揺れるコスモスが
君の後ろ姿に重なって
そろそろ
君の名前すら忘れそうになる
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