全行引用による自伝詩 01/田中宏輔2
 
ら聞く最後の言葉ということがわかっていたなら、マルティンは何か優しい言葉を口にしただろうか?
 人は他人に対してこんなにも残酷になりうるものだろうか?──とブルーノはいつも言うのだった──もし、いつか彼らが死ななければならない、そしてそのときには、彼らに言った言葉はどれも訂正しえないものだということがほんとうに分っているなら。
 彼は父が後ろを向き、階段のほうに遠ざかっていくのを見た。そして、姿を消すまえにもう一度向きなおり、死後何年かしてマルティンが絶望の中で思いだす、あの視線を向けたのだった。
(サバト『英雄たちと墓』第?部・7、安藤哲行訳)

あらゆるものは、始まったところにもどる
[次のページ]
戻る   Point(10)