全行引用による自伝詩 01/田中宏輔2
 
彼の髪の黒っぽい捲き毛のなかに、子どものくせ毛をやさしく撫でていた手のあとがのこっていたのではあるまいか。しかし、いまやそのすべてが死んでしまった。
(ベーア=ホフマン『ある夢の記憶』池内 紀訳)

 カーキ色の服の男は、靴紐のない靴をみつめたまま、首をふった。靴にこびりついた泥のかたまり。生きることの苦痛。彼は静かに考えていた。これは宇宙の物質──物質ではあるが、いつか精神に昇華するもの。精神も靴も、彼にとってはまったく同じで、ただ、より基本的なものが、物質としての姿にあらわれる。物質こそ原初の個性的な存在である。
(ウィリアム・ピーター・ブラッティ『エクソシスト』プロローグ、宇野利泰訳
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