かすみそうを送る/吉原 麻
なんてことはないんだ。
今朝、母は雪を見ながら(正確には彼女にしか見えていない雪だ)卵焼きを作った。
キッチンに立つ母を見るのは久しぶりだけれどやはり、しっくり、とくる。
料理をするために洋服を着替え髪を結い化粧をする。
なぜ?
卵焼きを作るのに料理本を傍らに置く母を見ていたら
嗚咽が止まらなくなる。
父は早々にいってしまった。
兄は2日前から会っていない。
今日一日、家という狭い空間に
私は母とふたりきりだ。
もう母は、私の名前を間違えない。
もう誰の名前も呼ばないからだ。
呼んで間違えることが怖くなったのだろうか、
それとも名前をすべてなくしてしまったのだろうか。
「ちょっと、たすけて」と手を伸ばしてくる母を支えて椅子に座らせる。
軽いと思ったら意外と重く、命を感じる。
前みたいにそこのテーブルで、本でも読んでほしい、と思う。
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