アトリエ坂/
夏井椋也
分透き通り
そうだったから聞くのをやめた
アトリエ坂から静かに潮が引いていった
君は一度だけ振り返って
鰓呼吸のように笑ってくれたけれど
不忍通りの手前であわぶくのように消えた
あの日から僕は絵を描いていない
笑い飛ばしてくれる君がいなければ
もう絵なんて描く気もしなかったから
ときどき微かに潮の香りがした
ような気がして振り返るけれど
もうアトリエ坂には行かない
僕だけが歳をとってしまったから
<文京区>東京の坂シリーズ
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