アトリエ坂/夏井椋也
 
分透き通り
そうだったから聞くのをやめた
アトリエ坂から静かに潮が引いていった
君は一度だけ振り返って
鰓呼吸のように笑ってくれたけれど
不忍通りの手前であわぶくのように消えた

あの日から僕は絵を描いていない
笑い飛ばしてくれる君がいなければ
もう絵なんて描く気もしなかったから

ときどき微かに潮の香りがした
ような気がして振り返るけれど
もうアトリエ坂には行かない
僕だけが歳をとってしまったから



<文京区>東京の坂シリーズ



戻る   Point(11)