図書館の掟。/田中宏輔
 

知らない者はいないはずだけど。
ぼくはまだ見ぬ彼女に会いたくて
なんとか探し出せないものかと
書架と書架の間を長い時間さ迷った。


     *


死者の身体から
婦人警官が身を離した。
生者との接吻で死者は目が覚めるのだ。
図書館警察管区の一室である。
刑事は容疑者の女の前に死者を坐らせた。
「死者は嘘をつけないとおっしゃるのね?」
「そのとおりです。」
刑事は死者の後ろに立って死者の肩に片手をのせて答えた。
「死者はそのときに信じたことを事実としてしゃべるだけなのですよ。」
「それまたしかりです。」
「では、彼が述べたことは、ただ彼が事実だと思っ
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