蛞蝓。/
田中宏輔
真夜中、夜の公衆便所
消毒済の白磁の便器のなかで
妊婦がひとり、溺れかけていた
壁面の塗料は、鱗片状に浮き剥がれ
そのひと剥がれ、ひと剥がれのもろもろが
黒光る小さな、やわらかい蛞蝓となって
明かり窓に向かって這い上っていった
女が死に際に月を産み落とした
血の混じった壁面の体液が
月の光をぬらぬらと
なめはじめた
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