失望/花形新次
 
川の下流の
濁った溜まりに
ひとりの男が浮かんでいた

藻の髪をひろげ
陽の光をまだらに浴び
子どもらは棒でつつき
逃げて
また近づく

「またや またや……」
老婆が畦道で呟く

あの男は
去年まで
焼けた米ぬかを喰い
酒に溺れ
夜ごと
女の軒下で舌を鳴らした

その女は
村の誰もが抱いた
そしてある日
「わたしは光のある場所で生きる」
と言って
都会へ消えた

残された男は
夜ごと路地にしゃがみこみ
石を投げられても怒らず
土に染みた酒の匂いをかぎ
見えもしない影を抱こうとした

梅雨が明け
蝉が鳴き
男は川へ入った
誰も止めない
それがこの土地のやり方だった

水面に映る空は
白く
広く
男は最後に
女の名を呟いた

藻が
ゆらゆらと揺れた

村はまた
平常の顔を取り戻す
老婆は涙をこぼさない
夜の闇に
潜む影たちは
土を這い
骨の匂いを運び続ける

――
光を求めて誰かが去るたび
誰かが水の底に沈む
それを
人は
ただひとことで呼ぶ

失望
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