トレース/そらの珊瑚
 
庭の紫陽花がうっすら青く色づいて
季節は嘘つかないね、などとつぶやいてみる
紫陽花は土壌の性格によって
色が変わると知った理科室で
人みたいだなとおもった
そんなふうにわたしが紫陽花を怖れていることさえ
あの子たちは気づいていて
でもなにも云わない

一連の雨の止み間
数日遅れて
オレンジ色の百合が咲き始める
ふと
順番が逆ではないかと思う
紫陽花の後が百合
もう何年もそうだったのに
なぜ今年は違ってしまったんだろう

フェンスの向こう、
ベビーカーを押した若い女が
からからと通り過ぎて
湿った風に乗った黒揚羽は
一瞬現れて
忽然と消えた
突然晴れた空は晴れすぎて
夏のひざしを装う

紫陽花がきのうよりも色を濃くして
じっと心をそばだててる
そんな隣人は
身のうちに蓄えた水を震わせて
会話してるんだろう
見つめていると
平和だと思っていた昨日を
トレースした今日に
かすかな不協和音が混ざる
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