ピカチュウ/無名猫
ピカチュウの声だけが、
リビングに響く
君は夢中でスイッチを握る
画面の中のピカチュウは、無限に元気
おれの充電器は、どこだっけ
小さな手の中の黄色い希望に
今日も、負けた気がするけど
名刺入れの裏側で
くたびれたシールが
「パパ、だいじょうぶだよ」って
昔の声でささやいていた
あれから十数年
君は大学の卒業式を目前にして
真新しいダークスーツは眩しくて
「別に、そんな感傷いらないよ」と笑う
その声はもう、少年ではない
部屋にはもう
ピカチュウはいない
けれど、本棚の奥に
少し日焼けしたゲームソフトと
折れたキーホルダーが
静かに眠っている
おれは今も
会議室で雷を落とせず
腕がもげるほどの資料を抱えて
「対応いたします」と、必殺技を繰り出す
ふと、名刺入れを開けば
角が丸くなったシールが
まだそこにいて
ピカチュウはもう、何も言わない
でも、たしかに
おれの中に君はいる
君はもうすぐ、新しい世界に旅立つ
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