天使の梯子/室町 礼
 
ほど静かに昼寝の出来るところも
なかった。いつも廊下の少しくたびれた長椅子に
寝転んで空調配管が剥き出しの高い天井を見なが
ら物思いにふけったものです。
かつては日活スターで稼いていた会社がいまはロ
マンポルノでやっと息をついている。豪華な映画
館も寂れて都会の喧騒の中で墓所のように静かだ。
ときどき滅多にいない客のだれかが扉をひらくと
上映中の映画のセリフが廊下に流れてきた。
「ちょっと、おまえ…克じゃないか?」
「 誰だよそれ、知らねえよ」
『恋人たちは濡れた』の冒頭、東京から故郷に戻
ってきた男が、かつての知人友人に声をかけられ
るが「知らない」といいはる。
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