記憶に種を撒く男/ただのみきや
まぼろしから来てまぼろしへ帰る 風
雨に濡れたまま本は閉じられる
けだるさを膝に乗せ猫でも撫でるよう
わたしという約束はとうに破られた
そこから多くの虫が湧き宇宙を模倣する
あなたの肌の結露を舐める記号たち
もう帰ることのない部屋のねじれた花瓶
生の内側から死はしみ出して
もてあそぶ 死は 生の断片を
わたしも幾つものわたしを光の砂漠に脱ぎ捨てながら
逃げ水の上に落ちた片方のサンダルひろう
あなたに
溺死する
濁りない朝
羽化したカゲロウに包まれて
わたしが失った声
その多くが今もあなたの耳朶に磔にされ
くすんだ銀の疑問符のよう
ゆれていた
い
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