死にたいと思った人々へ/ヤマト
3・2・1・ポン
で死ねるなら死んでもいい
って思ってた昔
もし、タイムマシンがあって昔に戻れるなら
そんな自分をぶん殴るだろう
「死」ってのは
とても実感が持てないもので
何らかの形で死に直面した人でないと
死を感じることができない
面白半分、興味半分で
人を殺してみたり
動物を殺してみたり
そんな形で死の実感は持つことができない
例えば、友人が事故にあった
例えば、親が倒れた
例えば、自分が癌になった
そんな時
どんな人でも(きっと)生への執着が出てくる
もし「余命_年」
なんてドラマのような言葉が降りかかってきたとき
自分は何ができるだろう?
何を残すことができるだろう?
生きることの素晴らしさ、ステキさってのは
もしかしたら
死に直面した人と
泥だらけで遊ぶ子供ぐらいしか
理解できないのかもしれない
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