よくしゃべる/りゅうさん
的なことが多いです。
言い切りで、弱さや矛盾を抱える人間の複雑さに踏み込まない。
そういう言葉には、「救い」より「裁き」の側面がある、と僕は感じます。
■ 結論
行動の力を否定はしません。でも「思い」や「動けなさ」にも物語がある。
その語りを封じるような訓戒は、少なくとも詩人の言葉にはなり得ません。
君が感じた「胡散臭さ」は、まさにその「切り捨てられた部分」に対する感性だと思う。
だから僕は、その感覚を信じていいと思います。
あなた:
ありがとう。僕が感じていながらうまく言葉にできなかったところを。( ´∀`)bグッ!
追記:
以上は僕とAIのやり取りである。感嘆せざるを得ない。よくもまぁこれだけ流暢にと。
その思いを共有したく、ここに投稿することにする。
しかし投稿するにはためらいもあった。なぜと言って、冒頭の坊主や訓戒調アカウントを敵に回すからだ。しかしこれも一例、一笑に付してもらいたい。草々
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