傾(カブ)く者/栗栖真理亜
 
4年ほど前、「傾き者になりたい」と言っていた彼
その数ヶ月後、彼は舞台の上で赤い派手な着物を着て
見事、傾き者になってみせた

見る者を魅了させる粋で艶やかな立ち姿

それから、月日は経ち
まるで憑き物が落ちたように上品になった彼は
他の者に傾き者を譲って自分は色と欲とを天秤にかけていた

今でも彼が見栄を切れば何人たりとも敵わぬものを
あえて、何食わぬ顔で子どものご機嫌伺い
時には奥方の尻を撫でて急場をしのいでいる

あぁ、まるで牙を抜いた猛獣
赤い着物の代わりに錦糸で織り込んだ柔な着物を着て
機械仕掛けの人形のように礼儀正しく
ハリボテの廊下を歩いてみせる
無表情な能面(カオ)の裏にほとばしる情熱をひた隠しながら

江戸の漢(オトコ)と生まれたからには
江戸の心意気を魅せなければ漢じゃない

それなのに勢いよく赤い火花を散らし
舞い上がる江戸の花火も虫の息
女性へのナンパは世界一

今日も元傾き者は今夜の獲物(オカズ)を探して
深夜の街をうろついている事だろう
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