春/夏井椋也
 

ポケットから出した手を
温んだ風の中で
大きく振りながら
まるで音色みたいな
あなたの名前を呼んだ

読み飽きた季節の頁が
温んだ風の中で
めくれるように
まるで花弁みたいな
あなたが振り返ろうとした

あなたは巡る
俯きがちな暮らしの
いくつもの四つ辻に
あらゆる袋小路に

わたしは狼狽える
ときめきとむず痒さを誘う
華やいだ眼差しに
香り立つ微笑みに

そして今年も
わたしはあなたを見失うだろう

わたしは未だにあなたの
後ろ姿しか見たことがない



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