ATOM HEART MOTHER。/田中宏輔
 
驚かされた。その歌人もまた、女性であったのだ。つぎの歌が、狭野茅上娘子によるその歌である。

君が行く道の長手を繰り畳ね焼き滅ぼさむ天(あめ)の火もがも

 韻律に気がとられる前に、その情景に圧倒される。狭野茅上娘子のこの空間把握能力のすさまじさには、目を瞠らされる。韻律の妙技が仕掛けられていても、そのあまりに強烈な情念や印象的な情景によって、その片鱗にすら気づかせられないのである。この作品以上に情念的にすさまじい歌を、わたしは知らない。しかし、「なぜ人間には心があり、物事を考えるのだろう?」(イアン・ワトスン『スロー・バード』佐藤高子訳)「生けるものは誰一人、苦しみを味わうものなか
[次のページ]
戻る   Point(13)