ATOM HEART MOTHER。/田中宏輔
きるだろうか。愛そのもの、悲しみそのものが、直接、わたしたちのもとに訪れるわけにはいかない。それらは、ある時間や場所や出来事として、わたしたちの前に姿を現わすだけである。わたしたちにできるのは、ただ、そうして訪れた、一つ一つ、別々の時間や場所や出来事に、一つ一つ、別々の愛のさわりを感じとり、悲しみのさわりを感じとることができるだけである。それだけでも大したことなのだが、やはり、わたしたちは、自分たちの直接の体験だけから、生のすべての真実を知ることはできないのであろう。他者の体験を見聞きしたり、芸術作品に接したりしたときに、自己の生のすべての真実を知ったような気になることがあるのだが、それは、そうい
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