ATOM HEART MOTHER。/田中宏輔
だろう。では、なぜ、わたしの方から別れようと言ったのだろうか。愛していたのに。きっと、その愛を、ノブユキの方から壊されたくなかったのだ。愛よりも、虚栄心の方が強かったのだ。自尊心とはいわない。つまらない虚栄心だったのだ。「多分ぼくは苦しむのが好きなのだろう。これまでも人をさんざん苦しめてきたし、見聞するところでは、人を苦しめるのが好きな人間は、苦しめられることを無意識に願っている。」(フィリップ・ホセ・ファーマー『わが内なる廃墟の断章』9、伊藤典夫訳)。よく考えるのだ。あのとき、もし、わたしが別れの言葉を口にしなかったら、どうなっていただろうか、と。ありえたかもしれない幸せを、もしかしたらいまでも
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