犬の影/まーつん
見上げてきた
コートから取り出した古いナイフで
わたしは、自分の身体から
一片の肉をそぎ落とした
それを思い出の鼻先に近づけ
匂いを覚えさせた
そして、
暗い波の群れが駆け回る海原の
遠く霞む水平線めがけて
力いっぱい投げた
ためらうことなく跳躍した思い出が
宙を舞う肉片には届かないまま
眼下の海に落ちていった
私は傷口を押さえ、しばらく立っていた
荒波の群れに喰われたのか
思い出は浮かび上がっては来ない
吠え猛るのは風ばかりだった
私は車に乗り込み、再びアクセルを踏んだ
口笛を吹くと、傷が激しく痛んだが
気分は軽くなっていた
私は家
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