手洗い場に花/市井蒸発
 
しらない街の
公衆便所の手洗い場に花が咲いていた
枯れてはいけないと思い
わたしは水をやった

小さな花だった
色はかまぼこの縁によく似た桃色で
仄かに石鹸の香りを放っていた

その日はどこでなにをしたか
すっかり忘れてしまったが
とても暑い一日で
わたしは宛てもなく涼と喫煙所を求め
彷徨い歩いていたように思う

いま思い返せばあまりに不自然だ
便所の手洗い場に花が自生するなんて
枯れてはいけないと思い水をやるわたしも

あれは
にせものだ
合成繊維の花だ
わたしは造花に水をやった

夏になると
わたしのしらない街
その公衆便所の手洗い場には
枯れることのない小さな桃色の花が咲く

宛てもなく彷徨い歩いて
ようやく見つけた涼と喫煙所
仄かな石鹸の香り
それとたばこ
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