或る夏の理由 「風の通り道」/藤丘 香子
 
ければならなかったのは
何というタイミングで
あの夏の
待ち遠しかった確かさに背いた
オブジェのような緑と
途切れそうな息と
稚拙な冷たさと生温い対流を
脆弱な壁に記憶していたという理由のためでした

あのひととの関りにおいて
恐らく私は幸福でありました
問題なのは私が
何も失ってはいなかったという事であり
あのひとは無言のまま
その沈黙こそが
私のささやかなメモワールを微笑するに充分過ぎたのです

星の下に風鈴を吊るすと
一体何を
何と
名をつけられぬまま
どうにも仕様が無い
ひとすじの余韻が前を通って行ったのです


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