空を買いに/由比良 倖
 
ンシーは、斜め後ろを振り返り、「あちらです」と言った。

 僕は僕の思い出を購入して、書き割りの背景みたいな夜道を歩いて、家に帰った。灯りを付けないままで、思い出を一気に飲み下した。それから、睡眠薬を5錠ほど。そのままベッドに潜り込むと、僕の心臓の中心辺りに、冷たい何かを感じた。
 試しに、少し回らなくなってきた舌で「僕は……」と呟いてみた。何となく毛布がひんやりしてきた。僕はベッドを降り、毛布を引き摺って、書き物机の下に潜り込んだ。机の上には、本が今にも雪崩を起こしそうなくらいに積み上げられている。明日はそれを片っ端から片付けてやろうと思った。
 僕は微笑して、浅い眠りに就いた。
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