秋さん/リリー
 
 山林をそっくり買い取って
 吉兵衛は死んだ

 つながり眉毛の吉兵衛は
 めったに笑いもしなかった
 そんな彼を、秋さんは怖れながら暮らした
 有り金をはたいて
 犀川上流の山林を買うと言われた時も
 はい と肯いただけだった

 「俺の一番大事な思い出がある」
 と その時ボソリと云った
 その言葉だけで
 秋さんには、その山が何より貴いものに見えたのだ

 吉兵衛の死んだ後
 秋さんは毎日山を歩き
 やがて樹の名も在り所も
 全てを知り尽くすようになった

 (あんたの大事な思い出が
  何か少し 解る様な気がします)
 黒目がちの秋さんは
 尾根を渡りながら河のうねりをみて言った
 
 わたしには、なんにもなかったけれど
 あんたの大事なものが残りました。
 

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