Sweet Thing。/田中宏輔
 
ていた手で、彼の膝頭を、二度ほど軽くたたくと、立ち上がって、彼のそばから離れたのだった。彼は不思議そうな顔をして、ぼくの顔を見ていたが、ぼくの表情のなかにある、そういったぼくの気持ちを知ったのだろう。一瞬困惑したような表情になっていたけれど、すぐに残念そうな顔になり、その顔はまたすぐに険しい目つきのものに変化した。一瞬のことだった。その一瞬に、すべてが変わってしまった。ぼくは、その変化した彼の顔を見て、しまったなと思った。彼は、ぼくにたかるつもりなんて、ぜんぜんなかったのだ。その一瞬の表情の変化が真実を物語っていた。彼がそんな男ではなかったことに気がついて、ぼくは後悔した。でも、もう遅かった。彼はすっくと立ち上がると、ぼくが座席から離れた方向とは逆の方向から座席を離れて、映画館のなかからさっさと出て行った。
 ぼくは彼の後を追うこともできなくて、入り口と反対側の、廊下の奥にあるトイレに小便をしに向かった。




















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