オリオン航海誌(1)/嘉野千尋
* ローレライの夜
「オリオン、君はあの歌を聴いたかい」
航路図を広げながら問いかけたスピカに、
オリオンは首を振って見せた。
「わたしはちょうどベッドの中だった」
「そうか。僕は両手で耳を塞いだよ。
それでも船長は聴いてしまったらしい」
嵐に追われるようにしてこの浜辺へと打ち上げられた時から、
航海士たちの間には漠然とした不安が広がっていた。
海は相変わらず凪いだままで、巨大な月が海面に揺れている。
「船長は、今・・・」
「泣いていたよ」
スピカの言葉に、ただ小さく「そうか」とだけオリオンは答えた。
言葉を探しあぐねてスピカは望遠鏡を覗き、肩を落として呟いた。
「今夜も星が静かだ」
「風が吹かないからだろう」
潮が満ちるまではこの浜辺に留まるしかない。
それがいつになるのかさえわからなかった。
「オリオン、僕らは帰れるだろうか」
嘆きに満ちたその問いかけに、
オリオンはただ目を伏せることしかできなかった。
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