詩小説『雨の日の猫は眠りたい』その3。+あとがき/たま
 
だけでアップルパイには手をつけなかった。
「ね、かあさん。これね、彼がつくったアップルパイよ」
「……」
 拗ねたこどものような顔をして、アップルパイを見つめていた母は、何をおもったのか小皿を両手に持って鼻を近づけた。
「あらっ、これ……あしたのりんごだわ」 
「え……」
 一瞬、なんだかわけがわからなかったけれど、母はアップルパイをつまんでひと口齧ると、目を細めて笑った。
「うん、おいしい!」
 テーブルの上のあしたを母はおいしいと言って食べたのだ。おもわずVサインして、カウンターの中の彼にウィンクしたら、ほんの少し、涙がこぼれてしまった。
 まだ桜の季節だというのに初夏の香り
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