白い猫/秋葉竹
「あなた、このことは忘れてはダメ」
そのような言葉が
母の最後の言葉になった
その言葉はなんとか憶えているが
「このこと」がなんのことなのかは
ついにわたしにはわからない
というちょっとだけ
寂しい後悔みたいなものはある
まだ母が生きていた
『夏への扉』が幻の名作だったころ
猫の瞳には古い時間の輝きがキラリと光り
天窓から飛び込むように帰って来る
猫の一直線の白さに憧れた
母は猫のようだったかもしれない
こんなことを
語ってくれたこともあった
なにもなかったように
ニコニコ笑っていられる強さをお持ち
平和なやさしい暮らしを
永遠につづけることはおかしいと想う
それではなにのために生まれて来たのか
驚くほどのことではないけれども
辛さをなんとか抑え込んで
すごい少ないしあわせを感じて
強いこころで弱いこころを抑えて
変な話だけれども
よくわからない真実にむかって
ニコニコ笑って
生きてゆけばいいんだよ未来を信じて
おそらく風の強い夜のことだった
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