金魚すくい/たもつ
フォーマルの服装を気にす
る人がいるかもしれないと心配したけれど、斜向
かいの席に座っている人たちの会話がふと耳に入
り、夜店ですくった金魚がまだ生きているのだと
初めて知った。お店を出てしばらく歩いているう
ちに、お葬式の帰りのような雨が降り始めた。小
雨なのに衣服がよく濡れる雨だった。
皮膚が暗闇に少しずつ馴染んでいく。すくわれ
た金魚は生きて、今ごろどのあたりを泳いでいる
のだろう。わたしは何をすくったのだろう。何に
すくわれたのだろう。
お通夜の日、本当はわたし、そこにはいなかっ
たのかもしれない。あの時、既に部屋の明かりは
消えていて、一匹の金魚が口をパクパクさせなが
透きとおった中をただ泳いでいる。そんな夜が続
いていただけなのかもしれない。
明日、冷蔵庫の中身を処分したら業者の人に明
かりのことなどを相談しようと思った。その後、
菜の花畑を走る列車とバスを乗り継いで、山下さ
んのお墓参りをしようと思った。
(初出 R6.3.12 日本WEB詩人会)
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