音楽と精霊たち?/朧月夜
 
    憂鬱のかげのしげる
    この暗い家屋の内部に
    ひそかにしのび入り
    ひそかに壁をさぐり行き
    手もて風琴の鍵盤に觸れるはたれですか。
        ――萩原朔太郎「内部への月影」




1.自分だけの部屋


 父と母のいない家の中は閑散としていた。葉子は一人でオルガンの前に座っている。部屋のなかは整然と整理されていて、楽譜を入れておく本棚の他には、電子オルガンが一つあるきりだった。

 この家に帰ってきた時、葉子は言いようのない淋しさを感じた。「この家がわたしに残されたすべて?」――そう思った。父や母に財産がないことを思っ
[次のページ]
戻る   Point(1)