あいつとわたし その1/佐々宝砂
窓にノックの音がする
こんな寒い夜更けにやってくるのは
あいつしかいない
上着を羽織ってベッドから出る
夫は眠りこけているいつものように
かすか
とはとても言えないいびきをかいて
わたしは夫の汗ばんだ額にキスをする
あなたが好きよ
地上のすべての生物のなかで
いちばん
でもあいつは
この地上にはいないし
生物ですらない
だけどそもそもあいつにできることというのは
それほど多くはなくて
たとえば
料理に掃除
メールにレス
洗濯物のとりこみに
猫の餌やりトイレの片づけ
などという面倒を
あいつは
けしてとりのぞいてくれないし
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