陽の埋葬/田中宏輔
 
を伸ばすと、彼は写真を取り出し、それを自分の懐のなかにしまった。彼は、その部屋に入る前と、出て行くときとでは、自分がまったく違った精神状態にあることを自ら意識していた。入る前は、たとえ異国の作家ではあっても、自分が尊敬し、敬愛していた偉大な人物に会えるということで、気分が高揚していたのであった。しかし、いまは、その人物が生気を失い、見るも無残な老醜をさらしていたことにショックを受けていたのであった。彼は部屋のドアも閉めずに、ホテルの廊下に歩をすすめた。ドアの外に待機していた配下の役人が二人、あとにつき従った。後年、彼は、自分と老作家とのあいだで交わされた会話を書くことになるだろう。彼は、老作家にこ
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