オペ看となって初めて帰省した時のこと/板谷みきょう
 
度を取り始めたことを
いぶかしく思ったお袋は
その訳を聞いた

・・・・・

「板谷」って苗字は、この町では
珍しい名前だったから
尋ねたことから話は始まった

中学の時の修学旅行で
この町の三つの中学全部が
青函連絡船で一緒になった時に
西中学の男子生徒が
50円のチューインガムを
船内で100円で売っていた

彼は
「ウチの母親は継母で
小遣いもくれなくて
持たせてくれたのは
ガムだけなんだ。」
そう話していた

みんな可哀想に思って
チューインガムを
100円で買ってあげていた

私が彼の名前を聞いたら
西中の「イタヤ」と言ってた

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