引幕(「廃家」[まち角8]改訂)/リリー
地元走るローカル線を無人駅で降り
山裾へのぼる細い道で足を止めた
通りすがりの一軒家
茂る枝葉を被った鉄の門
奥に木造の二階建て
軒下には蜘蛛の巣が灰色の層になっている
一階の雨戸は半分だけ閉められていて
縁側の大窓に引かれたままの厚地なカーテン
ガラスの汚れから
生地がかなり古びた物に見えてしまう
その窓の側に
手入れされず無造作に茎を伸ばしたバラが一株
春よりも小さくて
春よりも数なくて
春よりも短くて
その一株が
春よりも一しお白く鮮やかに咲いている
あのカーテンを最後に閉めた人はきっと
いつの季節だったのか
庭を 見ただろう
一株の薔薇の白、が
まるで声のない小芝居の台本の様に
静まりかえる昼間の空間を圧してくるのだ
戻る 編 削 Point(6)